あることを ちょっと知っているぐらいで そのことすべてを理解していると思い込むような
態度を 「一知半解(いっちはんかい)」 ということを 最近新聞で知った
「一知」とは あることについて少ししか知らないことを指していて
「半解」とは あることについて 理解が完全でないことを意味している
つまり 「一知半解」というのは 生半可な知識しかない「知ったかぶり」
と 言い換えることもできる
物事の本質まできちんと理解していない場合に用いられる言葉だ
つい先日のこと 森林セラピーの講座に出席して改めて こういうことか と思い知った
自然あふれるこの山里に住んでるんだから 森林セラピーなんて
ましてやその講座なんてって思うことが大きな間違いだった
森の中の小径をゆったりと歩き 木々の新緑や山中にひっそりと咲く小さな花々を見
春のセミや小鳥たちのさえずりを耳にすると なんとも清々しい気分になる
でもだ この環境に住んでいながら 知っていることはあやふやな知識ばかり
木や花の名前などほとんど知らないことに気づかされた
例えば「サンショウ」がそうだ どこの山に行っても必ず目にする木で
春先に黄色い小さな花をつけ やがて5㎜ほどの緑の芽となり
秋になると緑から赤へと色づく低木だ
普段はさわることすらないその10枚ほどの緑の新芽の小枝を切り取り
香りを嗅いでみると 葉っぱからはさほどの香りはしないのだが
折った枝の根本からは確かにサンショウのいい香りがしてくる
木々の名前も 松、杉、檜、クリ、コナラ、オオナラ?ミズナラ?・・・種類や名前
それに葉っぱだけで見せられたり 幹だけ見せられても
だんだんとその知識はあやしくなっていくのがわかる
今は インターネットで欲しい情報はすぐに手に入れることができるし
広く 浅くで物事を理解する場面が増えているのかもしれないが
まさに森林セラピーの拠点にいる自分が 真剣に向き合いたい自然に対しては深い理解を
もちたいものだとつくづく感じた一日だった
どんなに取り繕っても 深く知らないことについて話すと思わぬ間違いを犯すもので
深く知らないことは知ったかぶりをするよりも 素直に「知らない」と言う方が賢明なのだ
興味があって 好きだからこそ知識が増えていくこともあるのだろうが
いずれにせよ 確かな知識を身につけ 「へ~」と言われるようなシニア(ジイジ)になりたい
知ったかぶりをせず 知らないことは素直に質問できるような自分でいたい
まさに学びは今日からを この先もずっと実践していきたいものだ
では、
エンジョイ! 学び
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